上田秋成「 盗人入りしあと」の現代語訳(口語訳)

上田秋成「盗人入りしあと」の現代語訳になります。学校の授業の予習復習にご活用ください。

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上田秋成「盗人入りしあと」の現代語訳

 五月雨晴れ間なき夜に、ほととぎすやおとづるると、軒の雫しづくを数ふるとはなしに起きゐつるを、いつの間にうまいしにけり。
五月雨が止む間のない夜に、ほととぎすが訪れるかと、軒(から垂れる雨)の雫を数えるともなく起きていたが、いつの間にかぐっすり眠ってしまった。

短夜みじかよなれば明けはなれたり。
(夏の)短い夜なので(目が覚めると)すっかり夜が明けていた。

いぎたなき目をすりつつ見れば、南の遣戸やりどは鎖さでぞおきし。
眠りからなかなか目覚めない目をこすりながら見ると、南の引き戸は閉めないままでいた。

明かり障子さへ隙ひま細う開けたり。
明かり障子までも隙間を細く開けていた。

よくも風邪ひかざりしとて、やをら開け放ちて見れば、いとあやし、簀子すのこの上に人の足の跡の泥に染みて所々つきたるを、なほ見めぐらすれば、わが枕辺まくらべあと辺にも、あまたいみいみしく染みつきたり。
よくもまあ風邪を引かなかったことだと思って、そっと開け放って(外を)見ると、たいそう異様である、濡れ縁の上に人の足跡が泥に染まってあちらこちらに付いているので、さらに(辺りを)見回すと、私の枕元や足のほうにも、(足跡が)たくさんいまいましく染みついていた。

鬼の来たりしにやと、胸うち騒がれて、と見かう見、いづ方よりにやと、ほどなき庭を見やりたれば、築垣ついがきの土こぼれて、童部わらはべの踏みあけたるばかりなるままに、雨に掘りただよはされて、にはたづみに流れ合ひたる。
鬼が来たのであろうかと、自然と少し心が落ち着かなくなって、あっちを見たりこっちを見たり、どこから(入ってきたの)であろうかと、狭い庭に目を向けたところ、土塀の土が崩れて、子どもたちが足で踏んで広げているままのところに、(そこが)雨に掘られて不安定な状態にされて、雨でできた水たまりに流れ込んでいる。

こは盗人や入りつ。
これは盗人が入ったのか。

いほりながら奪ひ持て去るとも惜しからぬを、命得させしこそうれしけれと、やうやく心落ちゐぬ。
庵ごとそっくりそのまま奪って持ち去ったとしても惜しくはないけれど、命を奪われなかったのはうれしいことよと、だんだん気持ちが落ち着いてきた。

柳葛籠やなぎつづらこ一つあるを開けて、なれ衣ごろも一重二重あばき散らしつつ、物はありやと探りつらん。
柳葛籠が一つあるのを開けて、着古した着物一枚二枚を引っ張り出して散らかしながら、(価値のある)物はあるかと探していたのであろう。

これとりて行かざりしぞ、かへりては、恥あることにおぼゆ。
(盗人が)これらの着物を盗んでいかなかったのは、(私にとっては)かえって、恥ずかしいことに思われる。

何も何もありしままなるは、彼にだにあなづらるることのいと口惜し。
何もかもが以前と同じ状態であるのは、(盗むに値するものは何もないと)盗人にさえ侮られたということでありたいそう情けない。

足の跡むさむさしきを、かい拭き掃きやるとて、ふと見たれば、机の上に紙一ひら広げて、狐きつねなどが書きすさびたるやうに、墨つきしどろにて、何事をか書いつけたり。
足跡の汚らしいのを、こすって拭いたり掃き出したりしようとして、ふと見たところ、机の上に紙を一枚広げて、狐などが気ままに書いたように、筆跡が乱れていて、何事か書きつけてあった。

あやしう、取りて見れば文なり。
不思議に思って、手に取って見ると手紙である。

 「今宵こよいの雨にたち濡れつつ、宿りがてら押し入りたるに、我ともの盗みして、夜に這ひ隠るるは、理ことわりなるものの、かうまで貧しくておはさんとは、思ひかけずぞありし。銭金ぜにかねのあらぬのみかは、米だに一升だもあらで、明日の煙は何をたよりにとや。ほかの家にてとりきたる物だにあらば、得させんを、わが手のむなしきは、あるじが幸ひなきなり。歌はすきて詠むにや。ほととぎす待ち顔かほなることを書きも終はらで、寝たるよ。

(手紙には)「今宵の雨にずっと立って濡れていて、雨宿りを兼ねて(この庵に)押し入ったところ、(私は)自分から盗みをはたらいて、夜に這うようにして隠れているのは、当然だけれども、(あなたが)こうまで貧しくていらっしゃるとは、思いもよらなかったことよ。銭金がないばかりか(いや、それだけでなく)、米すら一升さえもなくて、明日の飯を炊くには何をよりどころにするのだろうか。せめて(私が)ほかの家で盗んできたものでも(今ここに)あれば、(あなたに)与えようと思うけれど、私の手に何もないのは、(この庵の)主人(であるあなた)に運がないのである。(あなたは)歌は好んで詠むのだろうか。ほととぎすを待っている様子であることを(歌に)書き終えもしないで、寝ていることよ。

  深き夜の雨にまどへるしのび音
深夜の雨に(鳴こうかどうしようかと)迷っているほととぎすの忍び音(=初音)を

我これに継がん。
私がこれに下の句を続けよう。

  やよほととぎすふた声は鳴け
おい、ほととぎすよ。せめてふた声は鳴いてくれ。

しのび音と詠めるこそ、我、夜に隠れてあぶれ歩くをいふよ。昔はかかる遊びを庭の教へにて習ひしが、酒といふ悪しき友に誘いざなはれて、よからぬをこわざして、あやしき命を今日ばかりはとのがれ歩くぞ。」と、鬼々しく書い散らしたり。
(あなたが)「しのび音」と詠んだのは、私が、夜の闇に隠れて(盗みなどして)落ちぶれて歩き回っているのを言い当てているよ。昔はこうした(歌を詠むという)遊びを親からの教育として習ったが、酒という悪い友に誘われて、道理に外れた愚かな行為をして、取るに足りない命をせめて今日だけは(つなぎたい)と思って逃げ回っているのだよ。」と、荒々しく書き散らしてある。

悪者わろものの中にかかる人もありけり。
悪人の中にこのような(風流心を持つ)人もいたのだなあ。

目覚めたらば、とどめてうち物語らんを、なほ外に立ちてありわびやすと、竹の戸開けて見送りたれど、跡求むべくもあらず。
もし(その時、私が)目覚めていたら、(この盗人を)引き止めてちょっと話をしたかったのに、今もまだ外にたたずんでこの世のわびしさを嘆いているかと、竹の戸を開けて後ろ姿を探したけれど、行方を探すことはできそうもない。

たま合へる友をあるじもせで帰したる心地なんせらる。
心が通う友をもてなしもしないで帰した心持ちが自然としてくる。

さてあるべくもあらねば、入りて、埋うづみおきし火やあると、かいまさぐる。
(いつまでも)そうしているわけにもいかないので、(庵の中に)入って、埋めておいた火種があるかと、(竈の灰を)いじくる。

そのあたりはさすがに腹や寒かりけん。
あのお人(=盗人)はそうはいってもやはり腹が減っていたのだろうか。

ひつの底、名残なう食らひ果てて帰りしなり。
飯櫃の底は、後に残るものなくすっかり食べきって帰ったのである。

ほどよきものなどありたらば、心行かせて帰さんものをと、竈かまどくゆらせつつ思ふは、をかしの今朝の寝覚めなりけり。
もし適当なものなどがあったならば、(腹いっぱい食べさせ)満足させて帰してやりたかったのになあと、竈に煙を立ち上らせながら思うというのは、おもしろい今朝の目覚めであったなあ。

脚注

  • 遣戸 横に滑らせて開閉する戸。引き戸。
  • 簀子 濡れ縁。
  • 築垣 土塀。
  • 柳葛籠こ 柳の皮で編んだ、衣服を入れる籠。
  • 櫃 炊いた飯を入れておく容器。
出典

盗人入りしあと

参考

「国語総合(古典編)」東京書籍
「教科書ガイド国語総合(古典編)東京書籍版」あすとろ出版

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