「源氏物語:若菜上・夜深き鶏の声(三日がほどは夜離れなく〜)〜前編〜」の現代語訳になります。学校の授業の予習復習にご活用ください。
また、後編は「源氏物語:若菜上・夜深き鶏の声(あまり久しき宵居)」の現代語訳(口語訳)になります。
「源氏物語:若菜上・夜深き鶏の声〜前編〜」の現代語訳
重病に悩む朱雀院すざくいんは出家を志し、最愛の娘女三おんなさんの宮みやを光源氏ひかるげんじに託すことを望み、宮は正妻として六条院に迎えられる。 光源氏の愛情だけが妻であることの保証であった紫の上にとって衝撃は大きく、絶望的な心境に追いやられる。
光源氏のいない夜が続き、紫の上は孤独の寂しさを味わう。その時、光源氏四十歳、紫の上三十二歳、女三の宮十四、五歳であった。さて結婚三日目の夜のことである。
三日みかがほどは夜離よがれなく渡り給ふを、年ごろさもならひ給はぬ心地に、忍ぶれど、なほものあはれなり。
三日間は毎夜欠かすことなく(光源氏が女三の宮のもとに)お通いになるので、長年の間そのようなことにもお慣れでない(紫の上の)気持ちでは、こらえはするが、やはり何となくしみじみと悲しい。
御衣おほんぞどもなど、いよいよ焚たき染しめさせ給ふものから、うちながめてものし給ふ気色、いみじくらうたげにをかし。
(光源氏の)お召し物などに、いっそう念入りに香を焚き染めさせなさるけれども、物思いにふけっていらっしゃる(紫の上の)様子は、たいそう可憐で美しい。
などて、よろづのことありとも、また人をば並べて見るべきぞ、あだあだしく心弱く なりおきにけるわが怠りに、かかることも出いで来るぞかし、若けれど、
(光源氏は)どうして、いろいろな事情があるにしても、(紫の上がいるのに、)またほかの人を(妻にして)並び立たせねばならないのか、浮気っぽく情にもろくなってしまった自分の心の緩みから、このようなことも起こるのだよ、(朱雀院は女三の宮を託すにあたって)若いけれど、
中納言をばえ思おぼしかけずなりぬめりしを、と我ながらつらく思し続けらるるに、涙ぐまれて、
中納言(の夕霧)を候補としてお考えになることができずに終わったようだなあ、と我ながら情けなく(ついあれこれと)お思い続けなさっていると、自然に涙が浮かんできて、
光源氏「今宵こよひばかりは理ことわりと許し給ひてむな。これより後の途絶えあらむこそ、身ながらも心づきなかるべけれ。またさりとて、かの院に聞こし召さむことよ。」と思ひ乱れ給へる御心みこころのうち苦しげなり。
「(結婚三日目の)今夜だけはいたしかたないこととお許しくださるでしょうね。これから後(あなたから)離れることがあったら、(その時には)自分のことながら愛想も尽きることでしょう。一方でそうかといって、(女三の宮をおろそかにしたら)あの院(朱雀院)がお聞き入れになるであろうこと(が気がかりです)よ。」と(あれこれ)思い乱れていらっしゃるお心のうちは苦しそうである。
少しほほ笑みて、紫の上「みづからの御心ながらだに、え定め給ふまじかなるを、まして理も何も。いづこに留まるべきにか。」と、言ふかひなげに取りなし給へば、
(紫の上は)少しほほ笑んで、「ご自分のお心なのに(それ)さえ、決めかねていらっしゃるようですのに、なおさら(他人の自分が)「理」かどうか(どうして分かりましょうか。いや、分かりようもありません)。(結局)どこに決着するのでしょうか(どうなりますことか)。」と、とりつくしまもないようにおあしらいになるので、
恥づかしうさへおぼえ給ひて、頬杖つらづゑをつき給ひて寄り臥ふし給へれば、硯すずりを引き寄せて、
(光源氏は)きまり悪くさえお思いになって、頬づえをおつきになって横になっていらっしゃるので、(紫の上は)硯を引き寄せて、
紫の上 目に近く移れば変はる世の中を行く末遠く頼みけるかな
目のあたり変われば変わるようなはかないあなたとの仲でしたのに、行く末長く続くものと頼りにしておりましたこと。
古言ふることなど書きまぜ給ふを、取りて見給ひて、はかなき言ことなれど、げにと理にて、
古歌などをまぜてお書きになっていらっしゃるのを、(光源氏は)手に取ってご覧になって、何ということもない歌ではあるけれど、なるほど(この歌のとおり)もっともなことだと思われて、
光源氏 命こそ絶ゆとも絶えめ定めなき世の常ならぬ仲の契りを
人の命は絶える時は絶えてしまうものでしょうが、そんな無常の世の中とは同じではない(異なった)、(固い絆で結ばれた)私たちの夫婦仲なのですよ。
とみにもえ渡り給はぬを、紫の上「いとかたはらいたきわざかな。」とそそのかし聞こえ給へば、なよよかにをかしきほどにえならずにほひて渡り給ふを、見出だし給ふも、いとただにはあらずかし。
すぐにも(女三の宮のもとへ)お出かけになれないでいるのを、(紫の上が)「とてもみっともないことですよ。」と(早く行くように)お勧め申し上げなさるので、(光源氏が)しなやかで風情のあるお召し物で、何とも言えないほどよい匂いをさせてお出かけになるのを、お見送りなさるにつけても、(紫の上の心中は)とても穏やかなものではあるまいよ。
【若菜わかな 上】
脚注
- 院 朱雀院。
- 古言 古歌。心変わりを詠んだ古歌をいうのであろう。
出典
夜深よぶかき鶏とりの声
参考
「精選古典B(古文編)」東京書籍
「教科書ガイド精選古典B(古文編)東京書籍版 2部」あすとろ出版