「源氏物語:薄雲・母子の別れ・明石の君の苦悩」の現代語訳(口語訳)

「源氏物語:薄雲・母子の別れ・明石の君の苦悩(この雪少しとけて〜)」の現代語訳になります。学校の授業の予習復習にご活用ください。

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「源氏物語:薄雲・母子の別れ・明石の君の苦悩」の現代語訳(口語訳)

光源氏ひかるげんじは、須磨すまから明石あかしに移り、結ばれた明石の君と二人の間に生まれた 姫君とを、造営なった二条の東院の東の対に迎え入れようとする。しかし、明石の君は固辞し、大堰川おおいがわのほとりにある、母ゆかりの大堰の邸に姫君とともに移り住む。なかなかその地を訪ねることのできなかった光源氏であったが、ようやく大堰に出かけてみると、そこでかわいらしく成長したわが娘を見いだす。

この時姫君は三歳。明石の君が入京の勧めに応じないので、光源氏はせめて姫君だけでも引き取り、紫の上の養女にしようと考える。

 雪、霰あられがちに、心細さまさりて、「あやしくさまざまにもの思ふべかりける身かな。」とうち嘆きて、常よりもこの君をなでつくろひつつ見ゐたり。
雪や、霰の降る日が多く、心細さが募って、(明石の君は)「不思議にあれこれと物思いをしなければならないわが身であることよ。」と嘆息して、いつもよりもこの(明石の)姫君の髪をなでたり身なりを整えたりしながらずっと見ている。

雪かきくらし降り積もる朝あした、来し方行く末のこと残らず思ひ続けて、例はことに端近はしぢかなる出でゐなどもせぬを、
雪が辺り一面を暗くして降り積もる朝、今までやこれから(過去や未来)のことを残らず思い続けて、いつもは特に外に近い所に出て座ることなどもしないのに、

みぎはの氷など見やりて、白き衣きぬどものなよよかなるあまた着て、ながめゐたる様体やうだい、頭かしらつき、後ろ手など、限りなき人と聞こゆとも、かうこそはおはすらめと人々も見る。
(今朝は庭の池の)水際の氷などを見やって、白い衣服で柔らかいのを何枚も(重ねて)着て、物思いにふけって座っている容姿、髪かたち、後ろ姿など、このうえない高貴な身分の人と申し上げても、きっとこのようでいらっしゃるだろうと(おそばに仕える)女房たちも見て思う。

落つる涙をかき払ひて、「かやうならむ日、ましていかにおぼつかなからむ。」とらうたげにうち嘆きて、
(明石の君は)落ちる涙を払いのけて、「(この先)このような(雪の降る)日には、(今までにも)ましてどんなにか不安な思いをすることだろう。」といかにもかわいらしい様子で嘆息して、

  雪深み深山みやまの道は晴れずともなほふみ通へあと絶えずして
雪が深いので、(ここに来る)奥山の道は晴れなくても、やはり(雪道を)踏み分けて通ってくださいね、足跡が絶えることなく。(お手紙を寄越してくださいね、筆跡が途絶えないように。)

とのたまへば、乳母めのとうち泣きて、
とおっしゃると、乳母は泣いて、

  雪間なき吉野よしのの山をたづねても心の通ふあと絶えめやは
雪のやむ間のない(雪深い)吉野の山の中を訪ねてでも、私の心が通っていく足跡(手紙)が絶えることがありましょうか。(いや、決してないでしょう。)

と言ひ慰む。
と言って(明石の君を)慰める。

 この雪少し解けて渡り給たまへり。
この雪が少しとけて(光源氏が)おいでになった。

例は待ち聞こゆるに、さならむとおぼゆることにより、胸うちつぶれて人やりならずおぼゆ。
(明石の君は光源氏を)いつもはお待ち申し上げるのに、(今日は)そう(姫君をお連れになるため)であろうと思われることが原因で、胸がつまって(これも)他人から強制されたことではない(自分のせいなのだ)と思う。

わが心にこそあらめ、否び聞こえむを強ひてやは、あぢきな、とおぼゆれど、軽々しきやうなりと、せめて思ひ返す。
(姫君を光源氏に渡すのも渡さないのも)自分の心次第だろう、お断り申し上げたら無理にお移しにはなるまい、つまらないことをしてしまったよ、と思われるけれど、(姫君を光源氏に渡さないのは)思慮に欠けるようだと、強いて思い直す。

いとうつくしげにて前にゐ給へるを見給ふに、おろかには思ひ難かりける人の宿世すくせかなと思ほす。
(光源氏は姫君が)とてもかわいらしい様子で前に座っていらっしゃるのをご覧になると、いいかげんには考えることのできなかった(この)人との宿縁だよとお思いになる。

この春より生ほす御髪みぐし、尼のほどにてゆらゆらとめでたく、つらつき、まみのかをれるほどなど、いへばさらなり。
この春から伸ばしている(姫君の)御髪が、尼そぎの程度(の長さ)であってゆらゆらと(揺れて)すばらしく、頬のあたり、目もとにつややかな美しさが漂っている様子など、今さら言うまでもない。

よそのものに思ひやらむほどの心の闇推しはかり給ふに、いと心苦しければ、うち返しのたまひ明かす。
(この姫君を)他人のものとして遠くから思う(ことになる)時の(明石の君の)親心の迷いをご推察なさると、とても気の毒なので、(光源氏は)繰り返し(納得できるよう)おっしゃって夜を明かす。

「何か、かく口惜しき身のほどならずだにもてなし給はば。」と聞こゆるものから、念じあへずうち泣くけはひあはれなり。
(明石の君は)「いや、(かまいません、)せめてこの(私の)ように劣った身分でないようにだけでも(姫君を)お育てくださるのならば(うれしい)。」と申し上げるものの、(悲しさを)我慢しきれずつい泣く様子はしみじみといたわしい。

 姫君は、何心もなく、御車おほんくるまに乗らむことを急ぎ給ふ。
姫君は、無邪気に、お車に乗ることをお急ぎになる。

寄せたる所に、母君自ら抱きて出で給へり。
(車を)寄せてある所に、母君が自ら(姫君を)抱いてお出になった。

片言の、声はいとうつくしうて、袖をとらへて、「乗り給へ。」と引くもいみじうおぼえて、
(姫君が)片言で、声はとてもかわいらしくて、(明石の君の)袖をとらえて、「お乗りなさい。」と引くのも(明石の君は)悲しく思われて、

  末遠き二葉ふたばの松にひき別れいつか木高き影を見るべき
行く先の遠い二葉の松(のような幼い姫君)に別れて、いつ木高い松(のように成長した姫君)の姿を見ることができるでしょうか。

えも言ひやらずいみじう泣けば、さりや、あな苦し、と思おぼして、
(と、明石の君は)最後まで言うこともできずにひどく泣くので、(光源氏は)全くだ、ああ、つらい、とお思いになって、

 「生ひそめし根も深ければ武隈たけくまの松に小松の千代を並べむ
生い初めた根(私たちの間にこの子が生まれてきた宿縁)も深いのだから、ゆくゆくは武隈の二本の松に小松の長い将来を並べよう。(私たち二人と姫君といっしょに末長く暮らそう。)

のどかにを。」と慰め給ふ。
落ち着いて(お待ちなさい)ね。」と慰めなさる。

さることとは思ひ静むれど、えなむ堪へざりける。
(明石の君は)そのとおりだと気持ちを静めるけれど、こらえることはできなかったのだった。

乳母、少将とてあてやかなる人ばかり、御佩刀みはかし、天児あまがつやうの物取りて乗る。
乳母と、少将といって上品な女房だけが、御守り刀や、幼児の災厄を祓う人形のようなものを持って(車に)乗る。

副車ひとだまひによろしき若人、童わらはなど乗せて、御送おほんおくりに参らす。
お供の車に(容姿の)悪くない若い女房や、女童などを乗せて、お見送りに参上させる。

道すがら、とまりつる人の心苦しさを、いかに罪や得らむと思す。
(光源氏は二条院への)道中ずっと、後に残った人(明石の君)のつらさを(思いやりなさって)、(自分は)どんなにか罪を作っていることだろうとお思いになる。

【薄雲うすぐも

脚注

  • この君 明石の姫君。
  • 御佩刀 守り刀。光源氏が姫君誕生の際に贈った物。
  • 天児 幼児の災厄を祓はらう人形ひとがた
出典

母と子の別れ

参考

「精選古典B(古文編)」東京書籍
「教科書ガイド精選古典B(古文編)東京書籍版 2部」あすとろ出版

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