「古事記:倭建命(やまとたけるのみこと)」の現代語訳(口語訳)

 倭建命は、平定の軍を更に信濃しなのの国に進め、そこの神をうち従えた後、尾張国へと戻ってきた。前の約束どおり、美夜受比売と結婚するためである。

 かれ、しかくして、御合みあひして、その御刀の草なぎの剣をもちて、その美夜受比売のもとに置きて、伊服岐いふきの山の神を取りに出でましき。
さて、そのようにして、(倭建命は美夜受比売と)ご結婚なさって、その御刀の草なぎの剣を、その美夜受比売のもとに置いて、伊吹山の神を討ち取りにお出かけになった。

ここに詔り給はく、「この山の神は、徒手むなでに直ただに取らむ。」と詔り給ひて、その山に登りし時に、白き猪、山の辺にあひき。
そこで(倭建命が)おっしゃることには、「この山の神は、素手で直接討ち取ろう。」とおっしゃって、その山に登った時に、白い猪と、山のほとりで出会った。

その大きさ、牛のごとし。
その(猪の)大きさは、牛のようである。

しかくして、言挙ことあげして詔り給はく、「この白き猶と化れるは、その神の使者つかひそ。今殺さずとも、還らむ時に殺さむ。」と詔り給ひて、登りましき。
そうして、(倭建命が)はばかりなく言い立てておっしゃることには、「この白い猪に化身しているのは、その神の使者である。今殺さなくても、(伊吹山の神を討ち取って)山から帰る時に殺そう。」とおっしゃって、(山を)お登りになっていった。

ここに、大氷雨おほひさめを降らして、倭建命を打ち惑まとはしき。
そこで、(伊吹山の神が)大雨を降らして、倭建命を打ち惑わし(て前後不覚の状態に陥らせ)た。

かれ、還り下りまして、玉倉部たまくらべの清水に到りて息いこひましし時に、御心みこころやをやく寤めき。
それで、(山を)下ってお帰りになって、玉倉部の清水に着いてお休みになった時に、御心が次第に意識を回復した。

かれ、その清水を名付けて、居寤ゐさめの清水といふ。
それゆえ、その清水を名付けて、居寤の清水というのである。

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