モンテスキューと三権分立の考え方

モンテスキューと三権分立の考え方

画像引用元 : シャルル・ド・モンテスキュー-Wikipedia モンテスキュー

  • モンテスキューの時代は絶対王政で、一人の国王が全権を掌握していた。
  • 三権分立とは、司法・立法・行政を三つの機関に分けて乱用を防ぐ制度を指す。
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年号

1689~1755年

モンテスキューと三権分立の考え方の解説

絶対王政の時代

モンテスキューが生まれたのは王政期のフランスでした。当時のフランスはルイ14世の「朕は国家なり」の名言にも見られるように絶対王政の時代です。一人の国王が国の動かし方を決めるのが当時のやり方でした。

三権分立という考え方

歴史上には何人もの暴君が登場します。モンテスキューはこれを王政の抱える制度的欠陥によるものと捉えました。すなわち、一人の人間が全ての権利を握るから暴走するのだ、ということです。そこで彼は国権を司法・立法・行政の三つに分割し、それぞれを独立した三つの機関に分けて持たせることを考えました。三つの機関が互いに監視・抑制しあうことによって権力の濫用が防がれるというのが、三権分立のシステムです。この考え方は今でも近代国家の多くで取り入れられています。

一問一答

Q.モンテスキューが三権分立を説いた本の名前を答えよ。
A.法の精神

参考

シャルル・ド・モンテスキュー-Wikipedia

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